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恩師との別れ

早稲田大学の元理工学部長だった、足立教授のホームページを本日拝見しました。
私の学部時代の指導教官だった北田先生が2015年に死去されていました。
ご紹介いたします。
北田先生には、非常に私はお世話になりました。なんと3年後近くたった本日に私は不覚にも知りました。

http://d.hatena.ne.jp/q_n_adachi/20150716/1437061546

畏友北田韶彦君を悼むCommentsAdd Star


北田韶彦君は私より5歳年下であったので、まさか私が北田君の弔辞を読むことになろうとは考えたこともありませんでした。北田君との個人的な付き合いについては別の機会にして、ここでは誰もが知っている北田君の姿を、私が代表したつもりで、偲んでみようと思います。

北田君はハチャメチャな呑み方をする人ではありましたが、家では一切呑まないで、朝早く、それも4時頃に起き出して、数学の研究に打ち込んできた人です。その数学者としての姿勢、そして数学的才能は、私とは比較にならないほど格が上でした。北田君の数学、そしてその教育熱心ぶりについては後ほど多くの方が話して下さるでしょう。私としては、北田君は物理学と数学の双方を知る、日本でほとんど唯一の人だったという点を強調したいです。

数学者の物理学は、現象を知らない人の空念仏であると言った言葉で評される通りですし、一方物理学者の数学は「本当に数学の基礎がわかっているのか」と疑問に思うことが多いものです。それに対して北田君は、高校生の頃から『数学セミナー』を愛読し、投稿した記事が掲載されるほどの数学少年でした。本当は数学科に進学したかったのですが、父上の勧めに従って金属工学科に進学したのだそうです。その結果、実験という現場を知り、その上で一人数学を勉強してきたという経験によって、数学と物理の双方を知る、特異なタイプの学者となったのでした。そういう意味でも実に貴重な人でした。

北田君は、学者としてばかりではなく、人間としてもたくさんの人に尊敬された人でした。北田君を尊敬しているという人たち一人一人に「どうしてそんなに尊敬するのか」というちょっと奇妙な質問をしたことがあるのですが、「北田さんに助けられました」という答が一様に帰ってきました。「この人に助けられた」という言葉は、皆さんが自らを顧みられるまでもなく、めったなことでは、特に大学というような、義理や人情の薄い場所では、聴ける言葉ではありません。つまり「人を助ける」というのは北田君の一つの大きな特徴であったと私は思います。

北田君のことを古武士のような人だと思っている人が多いのではないでしょうか? たとえば、北田君の死を文科系の友人たちに知らせたところ、皆一様にその筋の通った、純粋な生き方に言及した返事をよこしましたが、その内の代表的な例を引用しますと、次のようです。

私が抱いていた北田さんの印象は​、黒澤明の『七人の侍』で、細身の宮口精二が演じた武芸の達人のイメージです。北田さんのような古武士を彷彿とさせる時代錯誤的な方が理工学部にいるということは、私には新鮮な驚きでした。

これは北田君を評する代表的な言葉だろうと思います。しかし私はこれとは少し違う感想を持っています。わき道に逸れますが、私が一番言いたいことなのでお許しください。

日本では侠客と言うと、やくざものの美名のようなものですが、中国では既に『韓非子』や『史記』において論じられている、中国精神を論じる上で最も重要な概念の一つです。中国革命を指導した孫文は無償の善意で自分たちを支援してくれた親友宮崎滔天のことを「彼こそ真の侠客である」といって賞賛しておりますが、滔天自身も自らを侠客を以て任じ、『侠客と江戸っ子と浪花節』という記事に次のようなことを書いています。

武士には代々の食禄があって、子々孫々食うに困らない。君主のために忠勤を尽すのは約束事であって、褒めるに値するようなことではない。

侠客にはかくせねばならぬという義理があるのではなく、あくまで人の難儀を黙って見過ごせない情に発するもので、一種の発狂であり、これが男伊達である。

この理屈を抜きにした「侠気(おとこぎ)の美学」こそが北田君を特徴付ける言葉であろうと私は思います。これが「時代錯誤的な」とか「古武士のような」という評として表れるのでありましょう。

同僚であるにも関わらず、陰に隠れて人の足を引っ張ろうというような、いわゆる「知性の高い」人間に事欠かない大学の中で、北田君はまるで異質な、宇宙人のような人でした。「理屈などどうでも良い。これと見込んだら命がけ」という類い稀な気質の人でした。そしてそれが高い知性に裏付けられている。彼こそ真の侠客という概念にふさわしい人ではないでしょうか? 私は北田君をそういう人だと思い、そういう人として付き合ってきました。

しばらく前に電話があって、病気が治ったら一緒に飲もう、という約束をして切ったのですが、その約束が果たせなくなったという言葉もなく、勝手に逝ってしまった事に対しては、置いてきぼりを食わされたような、何か文句を言いたいような、何かお互いに言い残したことがあるのではないかというような、本当にいなくなったのかなあというような、やりきれないような、そんな訳のわからぬ不思議な、そして無念な気持でいっぱいです。

これ以上、この席で言うことはありません。これで北田韶彦君を哀悼する言葉を終わりにします。


                                         2015年6月13日
                                         足立恒雄

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